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今日は10月9日。
ちょっと用事があって母親が東京に来ていたので、小一時間話をした。
母は祖母と二人で暮らしていて、母もそろそろおばあちゃんといっても差し支えない年齢だし、祖母についてはもっとそのさらにお母さんなのでかなりの長寿である。
その二人で暮らしているので、少し心配をしたりもするのだけれども、僕自身が自分を生かすので精一杯なので、何もできない。なのでそのことについて申し訳なさを感じるだけで、何かを提案することもできない。
これは親不孝だなと思いが、仕方がないことでもある。
今年はあと83日で終わり、誕生花はホトトギスらしい。
ホトトギスって花なんだな。鳥だと思っていた。何かと勘違いしているかもしれない。
どんどん秋が濃くなってくる。秋雨前線と台風のせいでここ二日ほど雨だが、もう少し雨は続きそうだ。
1981年に『北の国から』の第一回放送が始まり、1989年に幕張メッセができ、2002年に田中耕一さんがノーベル化学賞を受賞し、2009年にアメリカの無人探査機が月での衝突により水の存在を確認したことになっている、そんな日らしい。
寒露という24節気の一つで、世界郵便デーであり、体育の日であり、トラックの日であり、道具の日であり、東急の日であり、近県の日であり、なんだか今日はたくさんの記念日であるらしい。
僕はひとの名前をすぐに忘れてしまう。これは非常な欠点であり、非常に失礼である。目の前の人に何度も名前を訪ねてしまう。これは本当に失礼である。
また、同様に関連する物事を忘れてしまう。どこに住んでいるとか、どこの会社にいるとか、何をしている人か、とか、生年月日や血液型やその他もろもろである。これは生きていくのに非常に不利である。
直そうと思ったこともあるが、いろいろあってあきらめた。一番大きいことは、結局人は変化するということ、不定形であるということが大きい。
単純に有限ではあるが多くの人と会う機会のある自分にとって、縁のある人は何度でも会うということで自分に甘くなった結果ともいえる。
僕は生年月日や人の漢字や名前などを覚えないことについては非常に自信を持っていて、母親や弟についても誕生日を覚えていないし、親友についてもさっぱり覚えていない。なんとなく季節で覚えていることはあるという程度だ。本当に不利な頭の構造をしている。
人に感動を与えることは非常にむつかしく、特にサプライズというのは本当にむつかしい。
思いもよらないうれしいことが起こったときに不意の感動を覚えたりするので、きっと山に登る人たちは、その山頂に立った時の風景のあまりの美しさに不意を突かれるのだと考えている。僕に本格的な登山の経験はない。
舞台をやっているときに、端役であってもお客さんをクスリとさせることが自分の役目だと思ったときに必死で演者ともども笑わそうと本気になっていた時期もあった。僕は芸人ではない。
今日はたくさんの日であり、たくさんのことが書かれているが、僕にとっては365日のうちの一日でしかない。過去を振り返っても別にもちろん今日書いたことはその瞬間から頭から消えていく。毎日そのたびにどんどんインプットをする。あまりにも喪失することが多いからだ。きっと僕の脳みそにはしわがない。
忘れないこともある。
詳細な日時やシチュエーションは忘れてしまうが、言語化できない体験だけが残っていることはある。いいことも悪いことも。
世の中には僕のような人間もまれに入れもいいだろう。一人一人が個性的なので、僕はこのぐらい物事を忘れる人間であったとしても、そんなに個性的ではないし、非常に標準的な人間である。
今日は何を書きたかったのだろうか。
きっと何かを書きたかったのだと思うが、全部雨のせいで忘れてしまった。
僕は雨が嫌いだ。
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