2020年11月5日木曜日

世の中に善と悪なんか無いが、システムとしてはシンプルで楽なんだとおもう

 このブログは金曜日に更新される予定です。





今日は11月6日、年末まであと55日。5で割れる数字は好き。

1987年に竹下登内閣が発足して、1994年にナリタブライアンが3冠馬(日本市場5頭目)となった日とある。他にももちろん沢山の出来事がある。

アパートの日でありお見合い記念日らしい。


世の中は大変なふしぎで動いている。

例えばこうやって文章を書いている時間にボクはご飯を食べることもできるし、散歩をすることもできるわけで、しかしそうしなかったことでお店に空席が一つできて街を歩いている人間がひとり減る。こうやって書かれているテキストを読む人間は20人ぐらいしかいないのに、いや20人もいてくれるのか。これを読む時間でできることをしていないことになり、その使われない時間で他の人が席を埋め、街を歩く。そうやって世の中というのは非常に調和している。

何もしていなければイベントは起こらないし、何もイベントが起こっていないからなにかイベントを起こそうとする。

行動と停滞が一定の比率で動き続けているので、全てが相関している。


気は進まないのだけれども、世の中について目を向けてみる。

安倍首相が桜を見る会で大バッシングを受けていたけれども、それははそれまでは桜を見る会はそんなに清純なものだったのだろうか?

本当に参加をしている人間は全てまともで真面目な人ばかりだったのだろうか?それではそれを指摘した一は後ろ暗いことは一つもないのだろうか?疑惑は疑惑であって、それを明らかにすることにより今の調和が乱れるようなことについていいとも悪いとも思わないが時間は使うとおもう。

テレビについて特別感を持っているお茶の間の人たちが、まれにテレビに取り上げられると必要以上に喜んだりする。テレビは特別であり楽しく正しいという勘定がある。本当に正しいのだろうか?それは本当に面白いものだろうか?幸福だろうか?

芸能人は人気者であり、目に見えない人たちから支持をされていて、人柄だったり言動だった理容師だったり、様々なものに魅力を感じている。関心というものだ。もしくは見ると嫌悪感を催す芸人がいて、その彼らの一つ一つの言動で気分を害す、しかし人気者が諌めたらそれを見て会館におもう。

そういう彼らが自分たちの知っているイベントに遭遇するとショックを受ける。結婚したり、訃報を聞くとびっくりするようなことだ。自分たちも通った(る)イベントだからだ。


しかしよく考えてみてほしい。

自分たちが生きている世の中というのは基本的に自分たちと同じ人類しか働きもしないしものを作ることはない。

テレビに出ている人間も服を買いに行くし、核実験も地球上で行われている。

服は百貨店だったり路面店だったりショッピングセンターだったり通販だったり色々あるだろうが、とにかくみんなと同じところで手にとってこれはいいねと言ってお会計をしている。

荷物を持って電車に乗って家に帰って、ご飯を食べてお風呂に入って、疲れたなぁと思いながら眠りにつく。

自分たちは人間のみによって意思決定され、存在を許されている。

善意も悪意もそういうふうに対立構造を作ることがすでに調和という言葉を作るのに便利な言葉であって、2値化することでコントロールを容易にしている。


世の中はそんなにかんたんなものなのだろうか?と思ったりする。

そう、世の中には解き明かされることのない謎が多く残されており、それは、人類では到底解けないような問題であるのだとおもう。

しかし解けないことは悪いことではなくなぜなら解けなくとも代案を用意することができるし、それを実行しなくとも何らかのアクションが行われるからだ。

根本的な解決を望むと大変混乱するが、その場しのぎの解消であれば自分たちは特になんの不思議もなく日常的に行っている。

それはいいとか悪いとかっていうことではなく、許したり許されたりするということだけなのだとおもう。

全ては連続した現象でしか無いということなのではないだろうか。


早くiPhone12入荷されないかな。

0 件のコメント:

コメントを投稿

僕の夢

夢なんてないと思っていた。 今日は4月16日で年末まであと259日。 生きているとたくさんのことがあるので、別に一つ一つを手にとってふむふむと鑑賞するkとおはあまりしてこなかった。 どこかの記事でも書いたけれども、多分僕は間が悪いし、言葉遣いも下手くそ。 間が悪い一例を上げると、...