2020年12月31日木曜日

あけましておめでとうございます。2021年もよろしくお願いします。

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今日は1月1日、元旦です。年末まであと364日あり、誕生花は松または福寿草とのこと。

1873年日本で太陽暦を採用。旧暦の明治5年12月2日の翌日が明治6年1月1日になる。1880年パナマ運河建設開始。1886年日本初の定期乗車券が発売される。1927年健康保険法施行、給付開始。1938年フランス国鉄誕生。1950年特急「つばめ」デビュー。1955年トヨタ自動車、初代クラウンを発売。1959年日本で計量法施行。尺貫法・ヤード・ポンド法を廃止しメートル法のみとする。1963年日本初の30分テレビアニメ『鉄腕アトム』が放映開始。1972年現行の協定世界時 (UTC) の運用を開始。1983年ARPANETがInternet Protocol(IP)に切り替わり、インターネット形成をはじめる。2002年ユーロ圏内でユーロ紙幣とユーロ硬貨が流通開始。

誕生日は割愛。

元日であり、正月である。バリ・ダカール・ラリー出発日であり、パブリックドメインの日である。多くの国の開国記念だったり独立記念日だったりもするらしい。


本当は今日は何も書くつもりはなかったのだけれども、どうせ時間も持て余しているし、やることといえば映画を見るかスマホゲームでちまっと遊ぶかだったので、せっかくの金曜日と元日が重なっているし書くか、と思った。


明けましておめでとうございます。今年も変わらずよろしくお願いいたします。


今年の目標というかやりたいことというか、そういうものを書いているときにもふと思ったことがある。

基本的に僕は生きていくスタンスとして人を落としたりしないように心がけているのだけれども、一部の例外的な人に対してどうもそういういじったりディスったりをしているととらえられても仕方のないことをしてしまっていて、それは申し訳なく思う。楽しく一緒に遊んでくれているので、そんなこと言う必要ないじゃん、と頭ではわかっているのだけれども、あまりにもたぶん価値観が違いすぎることで全く本当にくだらないことで不必要なことを口に出したり態度に出てしまう。申し訳ないとは思うが、これは治らない気もする。そういうのがちょっとやだなーという人はそっと距離を置いてください。

自分自身のスタンスとしてはひととの距離は頑張って近寄りすぎないように気を使ってはいるけれども、基本的には丁寧にやっているつもりではある。そうでないという主張の方が多いのであれば、そこは直そうと思う。


今年一年をどのようにしていくのか考えると、まず第一に生き残る戦略を考えないといけない。

無収入状態をこれ以上続けるわけにはいかない。

なので一番上に儲けるということをもってきた。しっかり仕事をしてお金を生んでゆく。

そこがうまく乗って行けそうであれば、自分の制作環境についてもちょっと考えないといけない。

windowsのマシンもMacも基本的に古い環境を引き継いでいるので、一度まっさらな状態から環境を作り直す必要がある。ストレージなんかについても何かにバックアップを取って、必要なもの以外は全部まっさらにしないといけない。使ってないオーディオドライバーなんかが大量にあって多分それのせいで動かないハードやソフトが大量にある。


起きてすぐに雑煮の準備をして、30日の夜にだし昆布を戻していた鍋を沸かせてカツオも加えてダブルスープとした。

鶏と大根と人参とシイタケの最小限の装備で雑煮を作ったが、大量にできてしまったので今日の夜も食べるのだろう。

アニメ映画を見ようと思っていたが、そういえばせっかくFGOをサンタイベント周回した際にもろもろやったわけだし、進めるかーと思った。まだ1章の第5特異点。1章は終わらせたいよねぇと。


お正月皆さんが必ずやることって何ですか?

僕は幼いころは父親に連れられてタコを上げに行きました。あまりよい記憶ではないです。なんだか寒かったし、うまく上がらないし、でも上がったときは遠くのほうで小さくなっていくタコを見るのは、ちょっとだけ好きだったかもしれない。

あとは、スキーに行ったり、おじいさん地で親戚一同が集まって鍋をしていたり。

みんなお酒飲んで気持ちよさそうにしていたのでうらやましかったのだろうな。


東京に出てきても学生時代や社会人になってもおじいさんが生きてる間は正月は和歌山に戻っていた。

大晦日にいつ面で集まっていたが、それもどんどんなくなってしまった。

一人で過ごすお正月が、多分4回目か5回目ぐらいな気がする。

和歌山にいたことは、元旦に高野山にいったりもしていたような気もする。

今と昔で随分と違ってしまっていることについてどちらが良いとかはなくて、不思議な感じがする。

しかし元旦はボヤっとしてボケっとして、暖かくしてだらっと過ごすので良いのだと思う。


改めて今年も一年よろしくお願いいたします。

2020年12月25日金曜日

クリスマスに記事を書くことになったのでクリスマスについて上っ面だけ書いてみようと思う

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今日は12月25日でクリスマスです。年末まであと6日。もういよいよ年越しまでカウントダウンという感じ。

1878年東京両国の米津風月堂が日本で初めてチョコレートを発売。1951年に東京で初の民間放送ラジオ局、ラジオ東京(現TBSラジオ)開局。1952年に神戸放送(現・ラジオ関西)が日本の放送局では初めての電話リクエスト番組をクリスマス特番で実施。1953年にラジオ岩手(現・IBC岩手放送)開局。1958年に東海テレビ開局。1975年に子門真人の「およげ!たいやきくん」発売、空前のヒット。

1642年アイザック・ニュートン氏やほか著名人の誕生日。

クリスマス。終い天神、納め天神、スケートの日であり、大正天皇祭(大正天皇崩御の日)であるらしい。


さて、クリスマス

クリスマスに関してのエントリーを書こ幾度となく書こうとして失敗してきたわけですが、今日は金曜日なのでなにか書かないといけないなと思いまして、何かを書いてゆきます。

先週はあまりにバタバタしていてエントリできませんでしたがようやく書く。


とりあえず、クリスマスについてwikipediaで調べると、まず最初にイエス・キリストの誕生日ではない。と太字で書かれていたのでここは太字にしようと思う。

このセクションの冒頭でリンクを張っておくので詳しくはwikipediaを読んでほしい。

僕の中で積年の疑問として、プレゼント交換というのはどちらの夜(24日のイブ?それとも25日?)というのがあったわけなんですけれども、『教会暦ではクリスマスは「12月24日の日没から12月25日の日没まで」』という一文があるので、なるほど、24日の夜が良いのだな、だから25日の朝目覚めると枕元にプレゼントが置かれているのだな。ということがわかっただけで、今日はここまで。




世界的にクリスマスはクリスマスであるみたいなのだけれども、ソ連の記述があって、伝統的なまつりとして禁止こそされなかったものの政府側はいい顔をせず、ソビエト共産党の意向沿ったものにするなど政治色の強いものとなっていた。スターリンの時代にはクリスマスがスターリンの誕生日の4日前ということもありクリスマスツリーにスターリンの写真を吊るすということも行われた。というような記述もあり非常に興味深い。

西洋諸国以外でもクリスマスはあるのだろう。例えば日本中も完全に関係ないし輸入された文化だ。


日本という国は文化を輸入することが非常に多く見渡してみてそれが古来よりあるものであるか、というか古来よりあるというのが輸入されたものなのかどうかもわからないぐらい輸入されたものばかりではないか、というふうに見えてしまう。

「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』という本があって、明治ぐらいからの大衆文学についてざっくりと説明している本があってそこにも言及があったのだけれども、僕の解釈であると、日本における輸入するということは『行動を均す』という側面が強いなと考えられた。

受け入れ難かったものが大衆化して行くことは何の抵抗もない。慣れることに慣れているのかなと。これが特徴的なのかもしれないけれども、とにかく伝達速度が早いんじゃないかと。よほど外の世界と切り離されない限りは割と隅っこや奥の方までも同じような言葉が届くシステムなんだなと。


さて、そんな日本におけるクリスマスが始まったとされるのは、1552年にミサを行ったのが初めてではないかと書かれている。ただその後江戸幕府がキリスト教を禁止したので、明治はじめまでは世間に知れ渡ることはなかったようだ。

例外としては長崎の出島などがあるようだけれども、詳しくはない。

1900年(明治33年)に明治屋が銀座に進出してこの頃からクリスマス商戦というものが始まったらしい。120年もクリスマス商戦やってるのかと思うと商人は強いなと思う。

大正時代になると少女雑誌などにクリスマスに関する挿絵などが12月号にたくさん入るようになったらしい。

昭和にはすでにどんちゃん騒ぎをしていて、年末の行事の一環に組み込まれていたようで、第2次世界対戦中もクリスマスを祝う人がいたようだと書かれている。


wikipediaではこのような文章もある『商業施設では早いところは11月上旬からクリスマスツリーが飾られ、クリスマスセール等が行われる。店内にはクリスマスソングが流れ、洋菓子店ではクリスマスケーキが販売される。』この一文の中でどれだけクリスマスという単語が出るのだろう。

これほどまでに浸透したクリスマスという何かについて自分たちは何も知らないし知る必要もないのだと思う。

僕が好きなクリスマスの相方キーワードはオタク(ヲタク)で、気になる方は、googleの画像検索をしてみてほしい。

随分先取りしたリモート飲み会の様子が見られる。(一人である)


何がめでたいのかも何をしたいのかもわからないし、何のためにやっているのかもわからないけれども、昔そういった疑問に誰かが答えてくれたことがあった。

『何も考えずプレゼントが贈れる日があるって良いじゃない』と。

たしかに日頃感謝を伝えることというのは気後れするしなぜだかこっ恥ずかしい。誕生日を待つには1年は長いし、例えばバレンタインだともっとハードル高い気もする。そういう意味ではクリスマスというのはいろんな形があるし、日本においては100人100通りの過ごし方があって良いのかもしれない。


ちなみに今年はクリスマスは中止された


2020年12月11日金曜日

書くことがなかった

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完全に忘れていたのでざっと書きますが、今日は12月11日で年末まであと20日。年の瀬ですなぁ。。。

1929年に南武鉄道線(現在のJR南武線)が全線開通。1957年百円硬貨発行。1967年佐藤栄作首相が非核三原則を表明。1981年モハメド・アリ引退。ということがあったらしい。

あまり僕が知ってる有名人の名前が誕生日の人がいなかった。

国際山岳デーで、胃腸の日だそうです。


きょうなにかあったかな?とおもったんだけれども、本当に特筆することがなく、結構いろいろと仕込んでいる最中なので書くことがなくて困っています。

あえて言うなら最近惰性67%を読んでいて、エッチだなーとなっています。

最近エッチなことはほとんどないので、かれたなぁ、と思っていたりします。

来週には書くことがもう少しあればよいですねー。


ねんまつにかくしごとを見ようと思います。

2020年12月3日木曜日

思い出すオタク、蘇るオタク。

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今日は12月4日、年末まであと27日あるるるう。とwikipediaに書かれていた。

1791年に世界初の日曜版新聞『オブザーバー』が創刊。1890年に北里柴三郎がジフテリアと破傷風の治療法を発表。1960年に都営地下鉄1号線(現在の都営地下鉄浅草線)押上-浅草橋が開業し京成電鉄と相互乗り入れ。1965年にアメリカの有人宇宙船「ジェミニ7号」が打ち上げ。日本科学者会議結成。1982年映画「E.T」の公開。1988年国際宇宙ステーション2つ目のモジュール「ユニティ」をつ際したスペースシャトルエンデバーが打ち上げ。CD-ROM2がNECホームエレクトロニクスから発売。

1970年中川家の中川剛さん、1972年宮村優子さん、1973年田村淳さん、1985年ギャル曽根さんらの誕生日。

E.Tの日だそうです。


上京した頃って、自動改札になったばかりぐらいでまだ結構きっぷを買うこともあって、すぐにSuicaが導入された頃だと思うのです。

世の中がどんどん変わっているなっていうことを実感して、けれども専門学校が終わったと同時に僕は相模原の方に引っ越してしまったので、ほんとうの意味で都会に住んでいるとは言えないのかもしれない。

相模原ではゆるい美大生生活をしていて友達もいなかったけど楽しかった。


それは良いとして、多分当時はまだ東京メトロという名前ではなくて営団地下鉄と読んでいた。

wikipediaを見ると、2004年4月1日に特殊法人化されたあと民営化されたらしい。

もともとの名前は、帝都高速度交通営団というところが運用していたようだ。バリバリに戦前からあります!という名前!

都営と東京メトロでナンバリングが別々にされたのかと思ったらどうもそこは通し番号のようだ。13号線まで現在ある。


1号線 都営浅草線

2号線 東京メトロ日比谷線

3号線 東京メトロ銀座線

4号線 東京メトロ丸ノ内線

5号線 東京メトロ東西線

6号線 都営地下鉄三田線

7号線 東京メトロ南北線

8号線 東京メトロ有楽町線

9号線 東京メトロ千代田線

10号線 都営地下鉄新宿線

11号線 東京メトロ半蔵門線

12号線 都営地下鉄大江戸線

13号線 東京メトロ副都心線


wikipediaを眺めていると、上記以外も都内の地下を走る電車はあって、京浜急行の品川-泉岳寺、埼玉高速鉄道、西武鉄道、京王電鉄、東急電鉄などの一部区間が地下走行表記になっているよう。


東京メトロについて、僕が上京したタイミングの近くで大江戸線ができた。僕はそれがどんな意味を持つのか未だにわかっていないのだけれども、大きな話題ではあった。

いま大江戸線の項目を読んでいると、名称の変更が新宿-国立競技場の開通に伴って行われたもので、2000年4月20日の専攻医開業に伴って名称が決定されたらしい。そう、住むところを探していたとき確か地下鉄12号だったという記憶がある。しかし使うことはなかったな。。。

父親が『大江戸線は各駅ホームが街のテーマになってる』というようなことを教えてくれた気がするけれども、真偽の程はわからない。

大江戸線はリニアモーターを採用した、随分不思議な乗り物でもある。

路線もユニークで6の字を書くように、都庁前駅で合流するもの基本的には終点が都庁前駅か光が丘表面にゆく環状線ではない。

今思い返すとなんだかんだと利用はするのだけれどもそんなに馴染みはない。特に六本木に行くときは利用していたような気がしないでもない。


鉄道オタクではないので、詳しい解説はスーツ交通さんでも見るトイのではないかと思う。ぼんやり彼の動画を見ているのは良い。教祖っぽくて受け付けない人もいるかも知れない。


PCエンジンのCD-ROM2の発売日ということで、そうだったんだなーと思った。世界初の家庭用ゲーム機でのディスク採用機ということで随分期待されたのではないだろうか。

CD採用されたタイトルは多くが、データとオーディオトラックを分けて記憶しておくものが多くて、昔のディスクのゲームは音楽の再生ができた。なので、サントラとかを買わなくても2曲目からは普通のオーディオが流れるものが多かった。1曲めはデータなので、ラジカセなんかで再生されるとすごいノイズだった。そもそも再生されないのが正しいんだけど、当時はオーディオかどうかを判断する必要がなかったんだろう。きっと。

今でこそディスクは普通というかすでに過去のものになりつつあるけれども長くディスクが担ってきた歴史は重いなと思う。


多分そういえばE.Tをちゃんと見た記憶がない。そのうち、いつか機会がああれば見てみようと思った。(きっと見ないやつだな

六本木や赤坂、霞が関や永田町あたりの位置関係をどうしても行かないからというのもあるけどさっぱり把握できてないので来年はそのへんを歩いて確認したいなと思う。


いやぁ、師走

僕の夢

夢なんてないと思っていた。 今日は4月16日で年末まであと259日。 生きているとたくさんのことがあるので、別に一つ一つを手にとってふむふむと鑑賞するkとおはあまりしてこなかった。 どこかの記事でも書いたけれども、多分僕は間が悪いし、言葉遣いも下手くそ。 間が悪い一例を上げると、...