2020年9月11日金曜日

この日僕は、ただの人間に成り下がったことも反芻した

 このブログは金曜日に更新される予定です。





ブログを書かなければいけない日であった。

9月なのに随分と暑い。残暑って感じの日が続いている。

9月11日について、調べようと思ってハッとした。そうか、今日は9.11なのか。と。

このブログでは基本的に自分自身が暗いこともあるので、暗いニュースは取り上げないようにしてきたが、嫌でも思い出してしまう。


あの日は普通の夏の日で、1Kの部屋でインターネットをしていたとおもう。

2001年、多分僕が東京に出てきた年だとおもう。もしくはその前年だったかもしれない。

あまり良く覚えていない。

チャットをしていた当時のネットの仲間から、ニュース見ろ!と突然言われた。


家にはテレビがなかったのだがPCにTVチューナーがたまたまついていた。同軸ケーブルを探してPCの画面で、テレビを映した。

そうしたらどのチャンネルを見ても、なんだかすごい映像が流れていて、『なにこれ?大規模な撮影?』とか間抜けな質問をした。

そしたらネットの友達が、よくわかんないけどこれはリアルで、事故らしい、と。

みるみるうちに一つのビルが倒壊して、もう一つのビルに飛行機が突っ込む。

なんだコレ、と。あまりになんというか、現実離れした映像が目の前にあって、不思議な気持ちになった。


怖いとか悲しいとかを通り過ぎて、キョトンとしてしまって、なんだこれ、と。

何度も疑って、フェイクなんじゃないかと思った。

当時は今ほどネットはなかったから、翌日の新聞になるまで現実感がなかった。

駒込のアパートでは、新聞をとっていたのだった。


なんというか、本当にただの凡人でしかない。


当時から19年という時を経て、当時よりも僕は僕のことがあまり好きではない気がしている。

いちばん大事なことはきっと自分を許してあげることなんだとおもう。

僕には当時では思いもしなかったぐらい沢山の人が味方についてくれているのにそれもお金とかでない何かに対して。

でもそれになんだか応えられてないような気がして、純粋に自分のことがどうにも信用できない。


後ろ向きなことはできるだけネットに書かないようにしたけれども、やっぱり僕はネットが好きだとおもう。どうしたってここに書いてしまう。

僕はテキストをアウトプットするのに一番いい場所だと思ってる。

当時の記録は、どうやって探したらいいのかわからないけれども、多分残ってない。

自分が自分じゃないような不安な気持ちだけをずっと抱いている。


きっと僕はフィクションの中に生きていると思っていたが、それは間違いだと当時の自分から理解はしていたが、知らないふりをした。

知ってしまったら、もう自分ではいられなくなる気がしている。

全部気のせいなんだけど。

納涼船に乗って過ごした年もあった。あれがもう随分昔なのだな。

全部の過去を持ち歩くことはできないけれども、自分はそういうものをゆっくりとじっくりと味わいながら生きていかなければいけない。


いつかきちんと自分を許して愛せるようになることを、僕自身が一番望んでいる。

そして世界は、いつか平和になると、僕は信じている。

たったそれだけのために、不必要な文章を山のように残す必要がある。

なんの意味もない文章を、タイプし続ける。


自分の思い出よりも、今日やその他の日でもきっと心を深く突き刺す日というのは存在しているのだろう。

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