2021年4月16日金曜日

僕の夢

夢なんてないと思っていた。

今日は4月16日で年末まであと259日。





生きているとたくさんのことがあるので、別に一つ一つを手にとってふむふむと鑑賞するkとおはあまりしてこなかった。

どこかの記事でも書いたけれども、多分僕は間が悪いし、言葉遣いも下手くそ。

間が悪い一例を上げると、『宅配便を待っていたが便意を催してトイレに座るとインターホンが鳴る』とか『連絡を待っていたがこなかったのでラーメン屋に入ったが着丼と同時に連絡が来る』とかまぁ、そういう魔の悪さというか、でもどうしたら良かったのよ、というのがいっぱいある。


人間関係もだいたいそんな感じ。

当たり前だけど世の中は人間だけが作っている。

だから意識の力で何かをしようとしても、それはかんたんではなく、ダメなものはダメという感じ。


美容師さんと話をしてて『優しい人がいいですよね』ということで合意が取れたが、果たして優しい人とはなんだろうか。

僕は人からやさしいよね、と言われることもあるけれども、それは違うと思う。

どっちかって言うと昔『君の優しはさ残酷だよ』と言われたことのほうが正しいなと思う。

僕は別に優しいわけではないし、いい人でありたいわけではない。いい人だし優しい人である可能性は捨てたくないけれども。


印象悪く言えば荒波を建てるとか揉め語をの種を作ることをしたくないだけ。事なかれ主義なんだと思う。

だけど、僕が自分で作るペラッペラの平和はすぐに誰かが見破って、僕の弱いところをついてくる。

そのように取ることもできるが本質的なところはそうではない。そうはいってるが、そのように取らせてしまうように表現する自分が、単純に薄っぺらなんだとも思う。

僕が理想と思う優しい人って、結局、よくわかんない。

でも多分、許してくれる人だと思う。

僕は愚かだし、僕のやることは幼稚かもしれない。

だとしても、僕を信じてくれる人に対して報いたいと一生懸命であることは嘘ではない。


くだらない主張をたくさん持っているけれども、100個の内の一つや2つは的を得た提案であってほしいと思っている。

そんな針に糸を通すような確率かもしれないけれども、人の役に立とうとしていることを、馬鹿な自分を含めて認めてくれる人はきっと僕から見れば優しい人なんだろう。

そんな人はきっとたくさんいてくれるから、世の中はすごく僕にとって居心地が悪いわけではない。

でも僕がほしいのは僕が好きな人で、僕が好きな人はなんだか知らないけれどもすごく細かくてすごく偏執なことが多い。これは悪く言ってることだけど、とにかくいいように言えば芯があって、凛としててかっこいい。


僕はそんな人を見るとときめくし、自分と一緒にいてほしいと思う。

でもそれはそもそも矛盾で、僕はふにゃふにゃだから、そういう人からの言及に耐えられない。

だから時間がかかると思う。

ずっと僕はそういうことをすることを諦めていたし、投げてきた。


でももうだんだん頼れる人もいなくなってきているし、このままであればジリ貧でホームレスだ。

野垂れ死ぬのも、悪くないのかもしれないが、やっぱり風呂には入りたいし、そう思うと、そういう凛とした人の隣に入れる自分になりたいなっていう気持ちはある。


そんなふうに思ってはいけないのだろうか。

僕を好きな人と、僕が好きな人と、僕が楽な人と、僕を楽な人違う。

千差万別なんだと思う。


それだけ。

幸せになりたいだけ。

夢はあった。

2021年3月11日木曜日

さくら

 今日は3月12日で年末まであと294日。





1876年に官公庁で日曜日を休日、土曜日を半休とする大政官布告、1912年現在のJTBが創立、1918年ロアシアがモスクワに遷都、1936年に中谷宇吉郎が雪の結晶の作製に成功、1968年モーリシャスがイギリスから独立、1972年にモスバーガー実験1号店が開業、1996年お台場に現ヒルトンお台場が開業、2007年京都府木津川市が市制施行。

お水取り、財布の日、モスの日、スイーツの日であるらしい。


よつばとの最新巻を手にとった。紙でしか買えないけれども、たしかに紙のほうがいいような気もする。

よつばとスタンプを今でも愛用している。

LINEやメールなどがどうにも苦手である。冗長になる。さっくりとした簡潔な言葉を使える人がすごきなと思う。


plastcTreeをいまだによく聞いている。

X Japanを聞き直してすごいなぁ、と思うとともに現代とは随分と音が違うなぁ、と思ったりする。

Syrup16gをきいていいよねってなったりする。


最近少し体調が悪い。熱があるとかではないと思うのだけれども、なんとか週明けまで持ってもらわないと困るなと思っている。

この週末は忙しくしないようにしたいなと思いつつ、まだもう少しやるべきことがあるのでそれをしてから、じっくりと休むのだ、となっている。


人生にはいろいろなことがある。

過去を否定することはできない。だから僕は反省や後悔をしないように生きてきたつもりだった。

ひとつでも過去の過ちを認めてしまったら、恥ずかしさや後ろめたさで二度と立ち上がれない気がしたからだ。

後悔したらいいし後悔しないように反省もスべきだと思う。健全だ。

無限に辛さだけを感じることになるのではないだろうかとか、そんなくだらないことばかりが頭をよぎっていて、とても怖かった。

多動であることが自分の生き方だと思っていた。

先日上野公園をじっくりと散歩して、無心で歩き続けた。

まだ殆どの桜は咲いていなかった。

もうあと1週間とか2週間もすれば満開になり散ってゆく桜。その季節をまた一人で過ごすことになるのだ。

まだ寄り道をするだろう。死ぬまでもうずっと本線に合流できないかもしれない。



最近は随分とふさぎ込んで人間不信であったと思う。

少なくとも昔ほどピュアに人を頭から丸呑みするような信用をするということができなくなってしまった気がする。

どちらがいいということではない。

生きていると辛いことがたくさんあって、残される側というのは本当に辛いことばかりだと思う。

たまにいいことが起こるけど、記憶からいいことは抜けてしまう。

悪い記憶ばかりが残る。

卑屈になったりするのはきっとそのせいなんだろう。


すぐにおとなになることはできない。

おとなになるために今できることを一つずつ積み上げていくことしか出ない。

本当の最後に悔いがないようにするために。


毎年代々木公園のお花見に適当に参加するのが好きだったけど、今年はないだろうな・・・。


2021年3月5日金曜日

たくさんのバイトをしてきたので供養

 このブログは金曜日に更新される予定です。





今日は2021年3月5日で年末まであと301日ある。

1881年にハワイ国王カラカウアが日本国外の国家元首として史上初めて来日、1931年東京航空輸送が日本初のスチュワーデスを採用、1963年に日本SF作家クラブが発足、1979年アメリカの無人惑星探査機ヴォイジャー1号が木星に最接近、1986年青函トンネルの最後のレールが締結され本州と北海道がレールでつながる、2011年東北新幹線でE5系を使用する「はやぶさ」が運行開始、など。

啓蟄、サンゴの日であり、ミスコンテストの日であり、スチュワーデスの日であり、巫女の日であるそうだ。


つい先日随分と古い友人と話をしていたら、彼は今の職業以外の食についたことがないという。

バイトもしていないということで、すごいことだな、と思った。

僕はといえば、職場を転々としながら割と周りからは自由に生きているように見られるが、たしかにそれなりに自由である。自由なのと気が楽なのは違う。バイトもそういえばたくさんやっていたなと思い、よくよく考えると本当にいろいろなことをやらせていただいたなと思った。

最初のバイトは年賀状配達で、次にスーパーの品出し、建具屋の工場勤務、ライブスタッフ、イベントの現場バラシ、NHKの番組収録の黒子、うなぎ屋のホール、居酒屋の短期バイト、電気屋の販売応援、研究室の教授のお茶くみ、WEBデザイナー、広告映像制作、ポスター制作、エロゲ店頭MV制作、TA、ウェディング、サラリーマン時代はプログラマー、SE、デザイナー、演出デザイナー、PM、制作進行、WEBディレクター、Flash使う人、動画制作、機材搬入搬出、アートディレクター、エフェクトデザイナー、既存システム調査、ニート、社長、ひ孫受けSE、画面の人、イベント制作、印刷屋、中国音楽配信、などをしてきた。

こうやって考えると、随分といろんなことに手を出しては引っ込めてきたのだなと思う。


バイトぐらいで入るとどれも結構楽しいのだけれども、辛かったなと思うのはウェディングの現場だった。その現場が特殊だったのかもしれないけれども、とにかくきつかった。面白かったけど。同時にウェディングの現場で色々教えてくれた女性社員の方は本当に今でも尊敬している。

朝10時前に現場に集合なのだけれども、行くとすでにいらっしゃって、終わりが22時ぐらいだったと記憶しているのだけれども、教えてくださった方はまだまだ残業していらっしゃるようだった。結局2日か3日の短期バイトだったのだけれども、僕はへとへとになってしまったのだけれども、それを毎日やるのかーと思うと本当に凄まじい人たちだな、と思った。

職場も、基本的に盛り上げなきゃいけないし、清潔でなければならない、キラキラしていなければならないので後ろ向きな人間がいなかった。

凄まじい職場があるもだなぁ、と終わったあとの僕は思ったものだった。


フリーランスのデザイナーの真似事を始めたのが18歳の頃で、当時確か鰻屋でバイトをしていたのだけれども、どこかの大学のウェブサイトの更新を担当させていただいて、その時間の取られ方と、ちょうど自動車学校に行くことになって、鰻屋はオープニングスタッフだったのだけれども、やめねばならなかった。専門学校終わりの週6での出勤と自動車学校及びウェブデザインを並行する能力は僕にはなかった。

ライブスタッフや、イベントのお現場バラシなどは面白くて、行くと必ずカシラみたいな人がいて、その人の言うことを全部聞くということをすることになる。指示命令系統がかなりしっかりとしていて、特に組み立てるときは時間がとにかくかかるのだけど、バラシのときは怪我がないようにだけ気をつけてとにかく迅速にバラす。ばらして片付けるだけなので、迅速に終わらせるためにとにかくみんな際が良かった。ある現場では、ライブの設営から入って、モギリをしてガードマンをして、客を出した跡に撤収をするので、作業着とスーツをはや着替えする必要があったりした。なかなかに面白い。


居酒屋の短期バイトも面白かった。スポットで入っている自分は基本的にバッシング及び品物を出すことしかしないので、注文を取る機械を持たされていなかった。しかしお客さんはそんなことなく、僕を呼び止めるので、そのたびにハンディを持っている人を呼び行く必要があり、それでも何度も同じお客さんに呼ばれるもので、なんだろうな?と思っていたら『新人さん?注文取れないのわかってるけど、ビール一つ入れといて』とか軽く言われた記憶があると思う。結局口頭で別の人に10卓さんビール、とかをハンディで打ってもらう。

キッチンなどではえらいことになっていて、バッシングされたジョッキが山のように積まれていて、時間を見つけては、食洗機にぶっこんで、止まったらそれを棚に上げるということをしていた。とにかくそのジョッキが熱かったのを覚えている。ビールサーバーの前に熟練っぽいバイトの人が立ってて、複数個のジョッキを同時に持ってビール汲むマシンとかしていたような気がする。

とにかく忙しい居酒屋の裏側は人間で回っていた。走らずできるだけ平静を装って、速歩きでバッシング及び配膳をした覚えがある。あと、普段出さないようなでかい声を出すのも面白かった気がする。


サラリーマンになってから随分と時間に余裕が出てしまって、暇でいけなかった。

なんにも考えられないぐらいのヒリヒリとした瞬間はずっとバイトのほうがたくさんあった。

サラリーマンはひまなのだなぁ、とピストン西沢のラジオを聞きながらぼんやりと思っていたと思う。


今は一人会社だけど、本当にしびれる。

こんなに金も時間もないことってあるんだーって思って、すごい。あと自分が年だって言うこともあってか仕事がなかなか回してもらえないのがちょこっと悔しい。

お金のためだけに働くことはしたくないけれどもお金のためにはたからないとだめだなって思ったりしている。


結果的に面白いことできたなら僕は満足ですよ。

2021年2月26日金曜日

長すぎるメモ

 今日は2021年2月26日で、年末まであと308日です。





1955年に大阪でサンケイスポーツが創刊、1980年エジプトとイスラエルが国交を樹立、1999年にJR西日本の大阪近郊でJスルーカードの使用開始、2005年にJAXAがひまわり6号打ち上げ、2011年ニンテンドー3DSが発売とある。

2・26事件の日、脱出の日、血液銀行開業記念日、包むの日であるとされている。(である

wikipediaで知識を得ています。

誕生花が書かれている人いない日は何か違いがあるのだろうか?


ツイッターでメモを書くかーと思ったことが、割と誰のためにもナラないようなことだったので、どこに書こう?と思っていたんですが、ここは誰も見てないので書くのに丁度いいなと思いました。

UIの話です。

メモと言うか自分の思考プロセスについて自分で展開することがなかったので、一貫して主張したいことはここにはありません。


UIの仕事について随分長くやっているわけですが、何かでまとめて勉強したことはないです。

始めた当初から一貫していっているのは『画面を作るのは誰でもできる』ということだけです。

そのうえで画面を作る上で、いつも気になるのは経路です。

経路には演出があり、入り口と出口の間に体験があります。本来その体験と呼ばれているものは結果にひも付きがちですが、結果は結果なので、結論です。

問題があれば回答があります。

脳トレとかのパズルに近いかもしれません。

それが良ければよいほど体験がいいろ言う感じでしょうか。(あくまで一つの側面として


そうなると、インタラクションの問題になりそうです。

しかしインタラクションはただの連続した結果までの演出に過ぎないわけなので、『そのような結果に至るまではどのようにして待機をしたいか』ということが大きくあると思います。

そうなるとどうなるかというと、(あまりやったことはないですが)パチンコみたいに、結果がどうなるのかわからないハラハラした状態がずっとほしいということでリッチな演出がついているわけです。

なので昨日としては正しく演出をやっているということです。

結果として外れだったとかあたりだったとかっていうのは本当に結果で、あのリーチの瞬間を見たいという人が多いのかな?とか思ったりします。(パチンコやんないので本当かどうかはわかりません


ソーシャルゲームなんかもあたり確定演出なんかが来ると嬉しいのできっと同じような仕組みかと思います。

画面からずれてんじゃないの?と思われると思うんですが、これはひとつなぎのおはなしなのです。

良い画面を作りたいとクライアントになってくれる人の多くが言いますが、良い画面というものは唯一ではないので、提供することはとても難しいです。

なぜ唯一でないかというと、画面は見る人によって見方が変わり、その人だけが見える可能性を排除できないからです。

この文章も僕が読み返せば、何だよくわかんないことわざわざ記事にしてるな、と思うでしょうし、画面について考えたこともない人にとっては全く分けのわからないことを書いていると思いますし、画面がわかっている人からすれば何だつまんないこと書いているなってなるでしょう。そういうものです。

唯一必ず良いとされる方法なんてないということだけです。


そのうえで、画面には何が表示されているのか。

主には目に見えるものと、聞こえるものと、入力できるものです。

それらを駆使して、誰かに伝わるようにメッセージを作ります。

まず見えるものですが、テキストがわかりやすいときもあれば、イラストがいい時があったり、動画が良い時があったりします。

聞こえるものも色んなパターンがあります。SEとBGMと人間のしゃべるものは使い所がそれぞれ泣きはしますが、それをどこでどう使い分けているのだろう?って思ったりしませんか。


入力についてですが、入力するとは何でしょうか。

入リ力とはその画面にないものを追記することです。

なかったものをあるものに変化させることなので、何者かの意思が加わります。

コンピューターならこうするというものもコンピューターのアルゴリズムの解釈によればこう、という感じでとにかくなかったものがあるものに変化します。


またUIについて考える前に知っておくべきこととして、UIコンポーネントの役割についてです。

現代のGUIで、発明されていないコンポーネントはほぼないと言ってもいいと思います。

昔は今よりももっと多くのコンポーネントがあるとされていて、どんなフレームワークを使っても多すぎるコンポーネントがありました。それらが消えていったのはなぜか?大抵は代用があることと、実装が複雑すぎることです。

実装が複雑すぎるものはデータの構造も難しくなりますし、その難しいデータは誰か作るのか、といえばシステムに詳しいオペレーターの場合もあれば、全くそうでないバイトの子だってあり得るわけです。

誰でも使えるものが良いとされていますが、これはプレイステーションの○と☓問題みたいなもので、世界観が違うと180度意味が変わることもあるわけです。

誰でも使えるというのは、(システムを知っている人なら)誰でも使える、みたいな注釈が必要になると考えています。


しかし世の人はそうは思ってくれないわけで、誰でも使える素晴らしいシステム、の提供を望んでいます。

これはひどく乖離があると言えます。

結構僕はここについて数多を抱えていて、ベストプラクティスについて悩んでいた時代もありましたが、最近はできることだけをやる、というふうに趣向を変えたので結構楽になりました。

それでもプレゼン向けなどの資料でどうしても昨日てんこ盛り夢てんこ盛りなものがほしいと言われれば、それは作ります。

しかし結局どんなに美しいものを準備したところで、多機能なものを準備したところでユーザーはついてこれないです。

なにかのデータがあるわけではないですが、人々が触る場所というのは非常に限られていて、結局毎日使うようなものについては、ゲーム以外ではそんな美しさだとか、気持ちよさだとかは麻痺するので必要がなく、応答性やそこにあってほしいものがある、という日常を阻害しないシステムがほしいと思っているはずです。

電子書籍なんかはまさにそうだと思っていて、ペラペラページを捲る演出など最近ないと思うんですけど、それは必要ないからです。


結局残るのは必要なるものだけで、必要のあったものはいくつかのGUIコンポーネントだけだったということです。

スクロールバーを再発明する必要はなかったのです。


そうです、一つだけ書いておかねばならないことがありました。

GUIで、そのシステムだけが持つ特徴みたいなものがほしい、とよく言われますがそんなものはないほうがいいです。

発明しないほうがいいです。

まれにすごいなーこれ、というものがありますが、それはまれなので真似をしよとしてできるものではないと考えています。

わけのわからない発明によって、ユーザーの体験が削がれるので、変なコンポーネントつけるぐらいなら再読込させない工夫をしたり、画面遷移の際のストレスを極限まで落とす努力をしたほうがいいです。

なぜなら、待ち時間が一番無意味で離脱するからです。


なんかバーっと書きましたが、誰も読んでないのでいいでしょう。


またそのうち。

2021年2月12日金曜日

バレンタイン

 なかなか金曜日に更新しないことで有名になりつつある僕です。





今日は2021年の2月の12日で年末まであと322日です。

1913年にメアリー・フェルプス・ジェイコブ(英語版)がブラジャーの原形となる物の特許を取得、1958年に新宿伊勢丹でバレンタイン向けの板チョコの販売(バレンタインチョコレートの始まり)、1984年に植村直己がマッキンリーの単独登頂に成功(即13日に消息を絶つ)、1994年にリレハンメル冬季五輪が開催、2010年にバンクーバーで冬季五輪が開催。

リンカーン誕生日、ダーウィンの日、ブラジャーの日、黄ニラ記念日、ボンカレーの日であるらしい。


今日は思考について書こうかと思ったんですが、ぴよぴーよ速報というYouTubeチャンネルを覗いていたら、口が悪くなってしまったので、また今度にしようと思い。
全部見たわけではないですが、おすすめはこれ。


では何を書くかな?と思ったんですけど、五輪かバレンタインだけど、そうだな、あまり書いてないバレンタインについてのこれまでの体験について、自分が嫌になるのは確実にわかっているのだけれども、書いてみるか、と思いました。


バレンタインの思い出。

先に断っておきますが、僕は幼少期からバカみたいにチョコを貰う人生でありました。チョコをもらわなかった年はないですが、95%以上はおそらく義理だと思うので、マンガやドラマなんかみたいな甘酸っぱい青春についてかけることはあまりないです。


友人とのどろどろの恋愛模様なども経験はしましたが、あまりそこには触れたくないので触れません。

単純に交友関係が今思っても馬鹿みたいに広くて、知り合いが多かったというのが理由なんだと思います。

チョコをもらう割に甘いものを食べないので、悪くならなさそうなブロックチョコレートは12月ぐらいまでかけてゆっくり食べることになります。


エピソードとして面白いなーと思うのは、高校の時なのですけれども、後輩に僕hのことが好きな女の子(仮にAとしよう)がいてくれて、これは公然のことだったんですが、僕は別にその子と付き合うでもなくぼんやりと同じ部活で過ごしていたわけです。まぁチョコはもらえるだろうと買ってう曖昧な感じではあったんですが、そのこには幼馴染の親友の女の子(仮にB)がいて、BはAのナイトっぽく過ごしていたわけです。

14日に部室に入るとまぁみんなわちゃわちゃしていたんですが、Aがなんかわーんと言っていたので、どうしたの?といったら、BがAの僕へのチョコケーキを勝手に半分食べちゃったらしく。『まぁ、そういうこともあるよ』とか適当なことを僕が言っていたら、僕の発言のほうが深刻だったらしくて、AがBに助けてーと泣いていったような気がします。しみじみと忙しいなぁとか思ったわけです。

一貫して僕がクズあるという前提条件を忘れないようにしておかないと話が進まないのでそれだけ忘れないようにしてください。


高校2年のときか3年のときか忘れましたが、担任が美術の先生で、僕は美術準備室に出入りしていて、勝手にコーヒーとか入れて飲んでいたのです。

14日なんてチョコを回収するだけで、特にそれ以上やることもないので、一通り校内で挨拶をして回り義理の何かを頂き終わっていつもどおり美術準備室でコーヒーを頂いていると先生が準備室に戻ってこられて僕を見て『お前はなんかいいねぇ』と全然良くなさそうに完全にクズだねぇ、という感じでたしなめられました。

とにかく僕がゴリゴリにクズであることや当時は自分が世界の不幸のすべてを背負っているというような後ろ向きな考え方をゴリ押しする人間でしたから、今よりももっと厄介だったともいます。

なんか歳を取るに連れ、そこそこまともな人間になってきたような、中途半端にもう遅いよ、という感じになっているような気がせんでもなく。


大学の途中から2chの突発オフ板にべったり張り付いていた僕は、当然のことながらバレンタインオフにも参加し、このバレンタインオフというのはいわゆる大規模オフに多分含まれるんですけど、新宿西口中央公園で行われました。

100人ぐらいの規模だったとは思うのですが、参加者は男性は一列に並んで、女の子は3つぐらいのチョコを男性に握らせるわけですが、握らせるとその後の飲み会に参加できる、みたいなシステムだったように思います。これも15年具合前の話なのでディティールはあまり良く覚えていません。

男女比率的には体感5:1ぐらいだったと思うので、まぁ、男があぶれるわけです。

こういうのは今の世の中で実施されるとバキバキに叩かれるのかもしれませんが、おもしろ言うことというのはわけのわからんモチベーションを持った人間が、勝手にゴリゴリに進めていくことでしか起こらないのかもしれません。


全然関係のないことですが、当時よりも少し前にマトリックスオフというものがあり、これはエージェント・スミスの格好をして大量の人間が一気に移動したりというおふざけがありました。全然別軸で山手線をすごい極彩色でラッピングしてみたというアートがあり、クラブ帰りの人間が猛烈に頭が痛くなるようなことをしていたりしました。

前者は2ちゃんで後者は広告代理店です。

当時僕は美術大学の学生だったわけですが、とあるときに特別講師でこられた方が『マトリックスオフは俺が手掛けた』とおっしゃっていて、たしかに、誰がやったとかやらんとかっていうことについての証拠はなかったですし、そのド派手な電車ラッピングもマトリックスオフも新聞などで、小さく取り上げられたりしていたようですし、ラッピングに関しては確かに代理店がやっていることはデカデカと雑誌に乗っていたので、ない話ではない風に思っていましたが、まぁ、そんなことはないでしょう。


そういうふうな嘘を付く人間がこの世の中にいるのだということに僕は嫌気が差し、なんというか本来誰のものでもないはずのものが『これは私のものだ』と言ってのさばってしまい、さらにその実績を元に仕事をとってゆくという構図がめちゃくちゃ嫌になってしまったので、広告やデザインの業界に入りたくないなと思いました。


バレンタインですが僕は好きです。なんかなんというか、クリスマスほどではなく、小さい贈り物をし合うことっていうのはあまりないので、丁度いいなと。

人生においてありがとうという事のできるタイミングはなんだか少ないし、なんでもない日に突然プレゼントを渡すということはなかなか気恥ずかしくてできないので、こういう日が設定されていると動きやすいのだな、と思っていました。


中学校まではあまりにたくさんもらうチョコにホワイトデーのなんだかよくわからんお返しは親に買ってもらっていましたが、高校はもう無理だということで、クッキーを焼いてダイソーで個包装の部材を買って、1つずつきっちり返していました。なので3/13は実家ではクッキーの甘い匂いで家が充満する日になりました。

最近ではバレンタイン期待値というのか、チョコを上げる人が、ホワイトデーに何をお返ししてくれるのか、ということについてかばんが欲しいとかっていう明らかに有利な物々交換しましょう、というのが一般的になっていると聞かされたときに、なんだか狂っているなぁ、とか思いました。

返してほしいものは贈るなと思いますが。人の気持ちで商売をしないでほしい、みたいなものでしょうか?


明後日はバレンタインデーです。緊急事態宣言が出されたと言ってもはや人出は去年の2月と変わらないのでは?という感じにはなって来ていますが、告白することとかは緊急事態だと思いますので、他の人から怒られない程度の装備をして、好きな人に会いに行くのが良いのではないでしょうか?

僕は今年はちゃんと(ちゃんと?)仕事です。欲しい物リストをぶら下げようかと思ったけど、まぁいいやとなりまして。


2021年1月29日金曜日

昨日は雪だったし本格的に寒いのできっともうすぐ春が来てしまうのだなと思うと不思議な気持ちになる

 このブログは金曜日に更新される予定でしたが2週ほどスキップしました。






2021年1月の最終週です。

今日は1月29日で年末まであと336日とのこと。残りの日数が3と7と2が4つかな?の倍数で、さらに29は素数なのでなんだかいい数字に思いますが皆さんはいかがお過ごしでしょう?

1845年にエドガー・アラン・ポーが大鴉を発表、1879年に日本が国際電信連合に加盟、1886年にカール・ベンツが世界初となるガソリン自動車の特許を取得、1900年にアメリカの大リーグにアメリカン・リーグができて2リーグ制に、1994年に小選挙区比例代表並立制度など政治改革四法が成立、2003年に朝青龍がモンゴル勢として史上2人めの横綱に、2008年マツダが2代目アテンザを販売開始。

タウン情報の日であり、人口調査記念日であるらしい。


何を書こうか?とはてと思った。

出来事から抜いてきたり全く関係のないことをいつもであれば書いているのだけども、書きたいことは多岐にわたるのだけれども、いつもながらまとまりがない。

最近、というか直近あった出来事といえばクレジットカード会社から電話がかかってきた。多分いいことではないなと思ったら、バチコリ嫌な予感があたってカードの不正利用によってクレジットカードが一時的に停止してしまった。

以前にも似たようなことはあったのだけれども、やはりメインで一枚を使っていると簡単にハックされたりするようだ。

被害額としては総額20万円ぐらいだったようなのだけれども、それは請求が来ることはないと。

しかしメインで使っているということは、諸々のサービスに登録しているカードでもあるので、更に月末だということもあって、多分決済できないものがいくつか出てくるんだろうなぁ、という事がわかっているので非常に気持ちが重い。

アマゾンなどでも買い物ができない。

ちょうどお金外と叫んでいたところだったのでいいといえば、いや、よくはない。


僕は車がすきで、車に乗れるほど時間のあるときには車を維持できるだけのお金がないことが多く、車を維持できるだけの余裕があるなと思うときはそんな心の余裕がないことが多い。

2030年に日本ではガソリン車が新規販売?新規製造?できなくなるということなので、それまでに乗っておきたいなとおもう。

もともとはファイヤーバードトランザムという、ナイトライダーという海外ドラマに出てきたナイト2000という自動運転カーのベース車両がほしかった。

アメ車なので非常にでかいのとか日本のタマがそこまで多くないことをいつの間にか知っていた僕は70型のスープラに恋をするようになった。

3.5リッターツインターボという設定があったと思うのだけれども、非常に憧れていたが、残念ながら未だに乗り込んだことがない。




高校生の僕が乗りたかった自動車の1番はおそらくMR2の4型5型あたりで、リトラクタブルライトに非常に憧れていた。

GT-Rなどが友人の間では人気だったけれども。アルシオーネSVXやインプレッサWRCSTIやセリカのリトラや4つ目などもほしいなと思っていた。

しかし大学姓になった僕が選んだ車はPAネロで、なんでそのチョイスをしたのかさっぱりわからなかったけれども、多分なにか弾かれるものがあったのだろう。

維持が大変だった。とにかく壊れた。あんなに壊れる車に乗ることは一生無いだろうな、と思っている。タイミングベルトが切れ、車内がスモークマシンになった。ブレーキパッドがなくなってブレーキをかけると火花が散るときもあった。

もう一台自分がずっとあとに所有したのはデミオだった。こっちにはほとんど思い出がない。

通勤の足に使っていたが、様々な事情で1年も立たないうちに手放してしまった。



地元に実家があったときは大抵軽トラに乗っていて、あれは楽しかった。家にはノーマルなインプレッサもあって、それも楽しかった。オートマだったけど。楽で良い。

あとおじいさんのプログレを一時期借りて乗っていたけれども、それは非常に満足の行く日常の足であった。もう少し後で母親の旧シエンタを借りて遊んでいた時期もあった。

会社や自宅ほどは変遷がないので、どれもかすかないい思い出として残っている。

そういえば家のインプレッサ1代に詰めるだけの荷物で最初の上京をしたのだった。

父親と二人で駒込のアパートにセコセコ荷物を運んだのを覚えている。

何もかもが変わってしまった。


少し前にスーツさんの動画を見たり、ギークオフィスの福岡さんの写真を見たりしたときにスキーを久しぶりにしたいな、と思った。

たぶん最後にやったのが21歳ぐらいの頃だと思うので、なんともう18年もやっていないのだ。



驚くほどに時間が過ぎてしまって、たしかに18歳から25歳までが一番お金がなかったので、なんというか、割と一周した感じはある。

そろそろ余裕を作れるようになっても良さそうなものだけれども、どうだろうかね。

あの頃の自分に『38になった君は恋人がいないよ』と伝えてみたら僕は随分驚くだろう。

枯れることのないリビドーと無限のネガティブな感情と何にも例えられない根拠のない自信があった。

いまはどうだろうか、あまり変わらないかもしれないけれども、少なくとも、随分と思い出すと恥ずかしい出来事をたくさん踏み抜いてきたな、と思う。


沢山の人に囲まれて、無名の人間にしてはそれなりによくやっているのではないだろうか。

父も祖父も亡くなり、実家も仕事も恋人もお金も兄弟も随分と疎遠になってしまった。

しかし多分おそらく最初に車に乗っていた時期の自分よりはいくばくかネガティブではなくなったと思う。

証明してくれる人はあまりいないのだけれども。一緒にお酒を飲んでくれる友人もまだいるから大丈夫。あまり当時の自分を責めてくれるな。


読みたい本もまだ全然読めていないし、ずっと未成熟なまま過ごしてしまったことは自分でも予測していたし諦めるしかない。

一つだけ今のところ確実なのは、始めると終わることができるが、終わることができるのは始めたものだけだ。

車みたいなもので、どれだけぶっ壊れても直したりできる。フレームがサビサビでエンジンが爆発して粉々にならない限り、なんとか直したりもできる。



こういう事を言っているとそういう日は来ないのだけれども、エドガー・アラン・ポーの小説などをじっくり読める時が来たらいいな。ここから18年後には56か57なので、そのときの自分もまだひぃひぃ言ってるか、すでにくたばっているかだろう。何が起こるのかはさっぱり予測はつかないけれども。

最初はマツダのアテンザの話をしようと思ったのに、気がつくと湿っぽいテキストを書いていた。

スキップするタイミングも結構いっぱいあると思うけれども、気が向いたときに読んでほしい。

コロナが落ち着く頃にはまたゆっくりと旅行をしてもいい状態になっていたいものだな。

2021年1月8日金曜日

緊急事態で自粛っていうものに、もはや自粛疲れで自粛の仕方わかんなくなっちゃったYO!

 このブログは金曜日に更新される予定です。




今日は1月8日で年末まであと357日ある。誕生花はアザレア。

1973年にソ連のルナ21号が打ち上げ。1984年ブルネイがASEANに加盟。1985年東京大学宇宙科学航空研究所がハレー彗星探査機「さきがけ」を打上げ。日本初の人工惑星。1989年日本の元号史上初めて法令に基づいて改元が行われた(昭和→平成)。1996年アニメ名探偵コナンがスタート。

今回から人の誕生日は言及なし。なぜかというと僕があまりにも有名人を知らなさすぎるため。

外国郵便の日、イヤホンの日であり成人の日。正月事納めの日でもある。


まだまだお正月の気持ちが抜けないのだけれども、皆さんはどうだろうか。今年はやっぱりいろんなことが通常ではなく、僕なんかは4日から動いていることもあって年末年始が少し長い3連休という感じであった。

仕事おさめと仕事始めがバラバラしているので、結構世の中としては混乱しているのではないだろうか?という危惧をしている。

何にも世の中が動いていないような気もするけれども、間違いなく世の中は動いていて、様々なことが時間切れでも意思があって決めたことでも変化している。


年始にあった古い友人が『世の中には本物の人間と本物っぽい偽物の人間がいるんですよ、わかります?え、笑わないでくださいよ、いるんですよ、本物が』って言うことを言われたので、全く毎日は楽しいな、と思った。

一緒にいて楽しい人って自分の言葉を持っていることが多い。僕は言葉が下手くそでうまく伝えることができないので、黙ってしまうことが多いけれども、ちゃんと行動して言葉にしようとする彼らは多分本物なのだろう。

楽しい事なら何がリスクかなんて考えずに楽しい!と伝えるだけでいいというか。テキーラは別にうまくない。

テキーラの原産国の人たちもテキーラを罰ゲームのように使う、みたいなテキストをどこかで読んだので、テキーラって一体どんな存在意義があるのだろう?と思った。


アメリカ大統領がようやく決まりそうなので、長々と不思議だったことをちょこっと書いておくと、なぜ一部の日本の方はトランプさんである必要を説くのだろう?特にそうでなくてはならない理由というものを見つけることができない。どうせすぐにみんな忘れる。

雪もたくさん降って今年はインバウンドもないのに、スキー場は割とお客さんが入っていると聞くので国内で人もまぁまぁ移動しているようなので良かったんじゃないですかね、と思った。

緊急事態宣言も出たが、出たからなんなんだ、という感じで街には人がいるし、電車はこんでいる。何をどのように自粛すればよいのかわからない。過ぎ去ってしまったことを言ってもしょうがないのだろうけれども、本来であればクリスマスのハイシーズンをバッチリガッチリ自粛して、一旦の収束を図ったほうが良かったとさえ思う。

病院も今は大変だろうと思うが、とにかく対処療法しか無い現代では、更に指定病院でしか対処ができないということで、より医療リソースを逼迫させているのだな、と思う。

『雪ぴ』が流行っていたが、せっぴ(雪庇)と読むらしい。庇←この漢字が常用漢字でないので『ぴ』となって、みんなゆきぴとよんでいる。くわしくはこちら。


普段ニュースなど見ないのだけれども、いやでも入ってくる言葉として『大丈夫?』と聞かれることがある。僕に大丈夫か?と聞かれても、どちらかというと経済的な課題のほうが大きく、流行病については周りにたまたまラッキーなのかあまりいないのでよくわからない。

人口対比で考えると、そろそろもちろんありそうではあるけれども、それでも地方都市に比べれば随分と悠長な数字な気はしている。

とにかく自覚的にやばいなーとおもうような状況では今のところ無い。(東京)

そしてやばいです!って慌てて暴れても、僕は行くところなんて無いし、ここでなんとかやっていくしか無い現実がある。


ふとお正月がいつまでなのだろう?と調べてみたら関東は1月7日で関西は1月15日と書いてあった気がする。

結局この冬はまだおでんを作ることができていない。


ニュース、もうちょっとちゃんと続報や現状どうだということを追いかけて載せてほしい。

今年のニューヨークの地下鉄は凍ってないとか(去年か一昨年は大変事になっている投稿を見た記憶がある)、北陸の方の雪はどうなったか、とか。でかいトピックスだけあって、それが何なのかわからないものが多すぎる。調べても内容がないものに当たると残念な気持ちになる。

新聞や雑誌などの過去のアーカイブを自由に閲覧できるようになってほしい。


好きなおでん種はたまごかちくわ、牛すじです。


僕の夢

夢なんてないと思っていた。 今日は4月16日で年末まであと259日。 生きているとたくさんのことがあるので、別に一つ一つを手にとってふむふむと鑑賞するkとおはあまりしてこなかった。 どこかの記事でも書いたけれども、多分僕は間が悪いし、言葉遣いも下手くそ。 間が悪い一例を上げると、...