2020年9月25日金曜日

ぷちばずりの経験は人になんの成功体験も与えない

 このブログは金曜日に更新される予定です。





今日から秋だなと思うほど、きっちりとパーカーがフィットしていた。

朝からずっと霧雨のような雨で、事務所の窓は締め切っているので外の様子はわからなかったが、きっと少し涼しかったのだと思う。

会社においてあるUVプリンターはなんだかんだと結局ほぼ使われずに誇りをかぶっていて、インクの使用期限も過ぎている。

すぐにどうにかなるものではないと言われているけれども、あまり良いものではない。

何かをプリントしたい。


今日は9/25で、沢村栄治さんがノーヒットノーランを1936年に達成。1972年に田中角栄氏が日中共同声明を出して国交樹立。2019年に安倍晋三総理がトランプ大統領と首脳会談、新たな日米貿易協定の最終合意に署名。

1970年にアジャコングさん、1981年にMEGUMIさんや内山信二さん。1986年にあばれる君、1987年に時東ぁみさん、1990年に浅田真央さんなどの誕生日の方がいるようです。

wikipedia調べ

今日は介護の日で主婦休みの日だそうです。

年末まであと97日だそうです。


何を喋ろうか、と思ったときに最近色んな本を久しぶりに読むようになってきたなと思っています。

おすすめされた本もKindleにあれば買うようにしていて、粛々と読書を続けているという感じ。

殆どのことに名前がついているって言うことに気がついたのはいつだったかわからないですが、とにかく殆どのものに名前がついているということに気がついたときに思い知らされました。

何かというか、つまり名前のついていないものというものを発見したときは、それはもしかすると僕しか知らないものかもしれないということと、調べると大抵それには名前がついていて、発見ではないということ。

僕が知らない世界はあるが、世界そのものは、名前をつけてそれらについてホドンとが知られているということ。

高校生ぐらいには確実にそれがわかるようになっていたことで、なんだかつまらないなと思っていました。


にちゃんのオフ板に生息していた僕は、息を吸うようにあの頃人とあっていて、ピアスはその当時の誰かにノリで開けてもらったものです。

たくさんの発明があって、例えばペットボトルオフとかいい。神待ちなんて言うのも、今のような使われ方よりも、もう少しあっさりとしていた気がします。出自はわかりませんが。


年表をつらっと見ていると、ノーヒットノーランという言葉が見えておやと思いました。

沢村栄治さんという名前だけはかすかに聞いたことがあるような気がしましたが、戦前の方だったんですね。プロ野球って一体いつからあったんでしょうか。

ノーヒットノーランって、一体どのぐらいの偉業なのでしょうか。

野球を殆どやったことがない僕には想像すらつかないのですが。


幼い頃テレビを付けていると、内山信二さんがバラエティにたくさん出ていたんですが、ひとつ上ということはほぼ同世代だということに驚かされています。

最近になってようやく気がついたのですが、テレビの中の人たちは別にテレビの向こう側で生活をしているわけではないですし、道でばったり出会うこともあるのだなと。同じ地球で生きてるんだと思っても、どうにも不思議な気持ちがあります。


年末までがもうカウントダウンできるところまで迫ってきて、僕は会社の決算資料とか流石にそろそろ作らないとまずいなと思いつつ、じっとしています。

本を読むことで得られる体験というものはありますが、結局実践してみないとあまり意味がないなという感じも持っています。

中田さんがどれだけ熱っぽく喋ってくれていて、たくさんの読むべき本を教えてくれる。

他にも僕にこのような知識はいいよと教えてくれる人がいる。

積ん読があまり好きではないので、消化タームに入らないといけない。


本の要約とかアウトプットとかしながらじつは読んだほうがなにかいいことになったりするのだろうか?とか思ったリハするんですが、結局僕は、本って大枠しか見ていないし、本質を見極めるにはあまりにも知識が浅い。再読もしないし。

となるとやはりどんな本も読み方は同じで、楽しく読む。これに限る感じがします。

誰かから見た事実をフィクションとして書いているということです。


会社としてやっていくために今はじっと黙っていてあまり派手なことはしていないのですが、きっと私達に慣れる日が来ると思うので、そういう発表は楽しみに待っていただければいいなと思います。

良い週末を。

2020年9月22日火曜日

忘却、秋、いいわけ

 このブログは金曜日に更新される予定でした。





9/18には間違いなくPCの前にいたとおもうのだけれども、4連休を前にあまりにも疲れすぎていたことで多分ブログのことについて頭になったのだとおもう。

びっくりするほど忘れていて、気がついたのが日曜日で、土曜日曜月曜日と、頭がしびれるほど眠っていて、今日になってようやく午前チュの時間に起きることができた。

連休最終日ではあるものの、連休っぽいことをしたかな?と思ったら結構していました。

スタードライバーを半分見たり、うーさーを一気観したり、フルーツバスケット2ndについて、追いつけるところまで追いついたり。

そこに対して読書は全く進まず。


母親から電話がかかってきて何かな?と思ったら、従兄弟の子が結婚するということらしかった。

来年の5月か10月か、そのぐらいを目処に。

めでたいことだ。

弟たちについても聞いたのだけれども、みんなそれなりに日常をやっているようだった。

一部若干不穏なこともあるが、まぁ、全てがポジティブであるわけではない。

どこかで帳尻を合わせてゆくのだろう。


9月の終わりということについて、あまり毎年記憶がない。

いつだったかシルバーウィークができたあたりもそうだけれども、基本的に夏のおわりと秋の始まりが交差していて、緩やかに今日は秋だねぇ、ということはなく、気がつけば誕生日で、誕生日は僕の中ではすでに冬に近いので、毎年冬を感じて年をこす。

9月に秋を感じるのは、冷房を使わなくても大丈夫なったときや、空がとても高いとき。

それから梨を食べたり。

秋の味覚の中で最も身近なものがなしかもしれない。


古い写真を見返していると、なんだかそうか、こんな事があったなぁ、という気持ちになるが、なんでこれを撮ったのだろう?とおもうものもある。

一つ一つがライフログになって今の自分になっているのだな、と思ったときに、僕の人生はこれからどれだけ回るのだろうか?

そして今まで一体どれだけの人生を回りながら歩いてきたのだろう、とおもうことがある。

何故か人は仲の良かった時期があったとおもうと、その人はもう存在していない、というようなほどに遠くなってしまったりする。

みんなもそうかも知れないが、たくさんの僕だけではないっ時間を共有した人たちの出会いがあり、別れがあった。

すべての出逢いでちょっとした事件があり、ゆっくりと離れていき、そして無いしに来忘れていく。


もちろん自分から拒絶することもあったが、明確に離れようと思って離れるよりも、なんとなく距離が遠くなって消滅したように感じることがほとんどだ。

寂しさもあるが、こんなものではないか、とおもうこともある。


僕の人生は決して一人ではなく、多くの人たちが僕を作ってくれているのだと、自我とは誰かのコピーを重ね合わせたハリボテだと小学校のときは考えていた。

人生半ばでおもうことは、確かに僕自身はそれなりにタフにやってきているとおもうが、やはり周りのみんなの力がなければ今ここに立っていることはなかったとおもう。

僕からはフェードアウトしていくように感じている周囲のかたがただけど、実際にはそうではなく、何かあったら僕に力を貸してくれて励ましてくれる、すごいことなのだ。

僕は成功はしていないが、随分と恵まれている、幸運なのだと確信している。


誰もが苦しい今を生きているとはおもうのだけれども、僕たちがやることはこれからの日本や世界について、いやそんなでかくなくてよく自分の周りの人たちだけでも、もっと笑って生きていられるような社会を作ることなんじゃないかと考えている。

そのための力や仲間はきっと見つけられるし、そして工夫をして実現させていく。


今週の金曜日はちゃんとブログを更新したい。

2020年9月11日金曜日

この日僕は、ただの人間に成り下がったことも反芻した

 このブログは金曜日に更新される予定です。





ブログを書かなければいけない日であった。

9月なのに随分と暑い。残暑って感じの日が続いている。

9月11日について、調べようと思ってハッとした。そうか、今日は9.11なのか。と。

このブログでは基本的に自分自身が暗いこともあるので、暗いニュースは取り上げないようにしてきたが、嫌でも思い出してしまう。


あの日は普通の夏の日で、1Kの部屋でインターネットをしていたとおもう。

2001年、多分僕が東京に出てきた年だとおもう。もしくはその前年だったかもしれない。

あまり良く覚えていない。

チャットをしていた当時のネットの仲間から、ニュース見ろ!と突然言われた。


家にはテレビがなかったのだがPCにTVチューナーがたまたまついていた。同軸ケーブルを探してPCの画面で、テレビを映した。

そうしたらどのチャンネルを見ても、なんだかすごい映像が流れていて、『なにこれ?大規模な撮影?』とか間抜けな質問をした。

そしたらネットの友達が、よくわかんないけどこれはリアルで、事故らしい、と。

みるみるうちに一つのビルが倒壊して、もう一つのビルに飛行機が突っ込む。

なんだコレ、と。あまりになんというか、現実離れした映像が目の前にあって、不思議な気持ちになった。


怖いとか悲しいとかを通り過ぎて、キョトンとしてしまって、なんだこれ、と。

何度も疑って、フェイクなんじゃないかと思った。

当時は今ほどネットはなかったから、翌日の新聞になるまで現実感がなかった。

駒込のアパートでは、新聞をとっていたのだった。


なんというか、本当にただの凡人でしかない。


当時から19年という時を経て、当時よりも僕は僕のことがあまり好きではない気がしている。

いちばん大事なことはきっと自分を許してあげることなんだとおもう。

僕には当時では思いもしなかったぐらい沢山の人が味方についてくれているのにそれもお金とかでない何かに対して。

でもそれになんだか応えられてないような気がして、純粋に自分のことがどうにも信用できない。


後ろ向きなことはできるだけネットに書かないようにしたけれども、やっぱり僕はネットが好きだとおもう。どうしたってここに書いてしまう。

僕はテキストをアウトプットするのに一番いい場所だと思ってる。

当時の記録は、どうやって探したらいいのかわからないけれども、多分残ってない。

自分が自分じゃないような不安な気持ちだけをずっと抱いている。


きっと僕はフィクションの中に生きていると思っていたが、それは間違いだと当時の自分から理解はしていたが、知らないふりをした。

知ってしまったら、もう自分ではいられなくなる気がしている。

全部気のせいなんだけど。

納涼船に乗って過ごした年もあった。あれがもう随分昔なのだな。

全部の過去を持ち歩くことはできないけれども、自分はそういうものをゆっくりとじっくりと味わいながら生きていかなければいけない。


いつかきちんと自分を許して愛せるようになることを、僕自身が一番望んでいる。

そして世界は、いつか平和になると、僕は信じている。

たったそれだけのために、不必要な文章を山のように残す必要がある。

なんの意味もない文章を、タイプし続ける。


自分の思い出よりも、今日やその他の日でもきっと心を深く突き刺す日というのは存在しているのだろう。

2020年9月3日木曜日

飛ばない飛行機、ゲリラ豪雨、秋のにおい

 このブログは金曜日に更新される予定です。




こんにちわ僕です。

最近はゲリラ豪雨とかありつつも、何とかさせていて、ぬれねずみになることはないのですが、ちゃんと眠れていなくて、3時間睡眠を2日、次の日に9時間睡眠、というような変なリズムで生きています。

朝早すぎるので、その空いた時間で読書などをしよと思っているのですが、さまざまな読まない理由をつけて本すらも読んでいません。

その代わり、代わりになるのかはわかりませんがSNSをしたり、資料の準備をしたりしています。

台風が来るよという季節になってきました。

今年は去年よりも被害が小さいといいんですが、本当に一年が終わってしまうのかもしれないと思うと、不思議なものです。

まだあと4月か月ありますが。


wikipediaで過去の9月4日についてみてみましょう。は年末まで118日だそうです。

1949年、大型旅客機ブリストル ブラバゾンが初飛行だそうです。ちょっと気になったノア後で見てみましょう。1987年には 日本航空を完全民営化する「日本航空株式会社法を廃止する等の法律」が可決。飛行機が続きますね。

1987年には第二電電・日本テレコム・日本高速通信の新電電3社が一般向けの市外電話サービスを開始。これも後程少しだけ触れたいと思いました。

1994年、関西国際空港開港。2001年、東京ディズニーシーがグランドオープン。来年20周年なんですね。


中丸雄一さん(KAT-TUN)、あのちゃんの誕生日だそうです。


電話会社というのはもともとNTTしかなかったわけです。固定回線においてもです。

しかし、のちに、市外局番の前に魔法の番号を入れると通話量が若干安くなるという電話会社が現れます。

それがまぁ、例えば第二電電(のちのDDI)だったりするわけです。

基本的にはたくさんの電話事業者が現れて統廃合を繰り返した結果、当時から残っているのはNTTとau(KDD,DDI,IDOが合併)、softbankは、元をたどると日本テレコムになりますが、経緯が複雑すぎて割愛。


携帯電話の新興勢力として、本当の意味での新興勢力は楽天しかない状態だと思います。特にバックボーンもなく(あったらすいません)、推進している力っていうのはすごいなと。

とはいえ、auの回線網に乗り入れているわけですが、独自の基地局を持っているというのはすごいことですね。


ブリストル ブラバゾンという言葉を聞いたことがなかったのですが、民間での旅客機としてはかなり画期的なものだったようです。

ただ、どうも記事を読んでいると試作機2機が作られただけで、頓挫してしまったようですが。

大きさは、ボーイング787よりも大きくエアバスA380に迫る大きさであったと書かれています。

で買い物が好きな人間にとっては夢のような乗り物です。

迫力がある。イギリス主導の計画だったようです。

しかしこれがなければもしかしたら大型旅客機というのはまた違った歴史をたどっていたかもしれません。


関西国際空港が開港した際には何も用事がないのに、ちょっと落ち着いたころに家族でドライブに行きました。

当時の父親の車には、ほぼ民生では初めてぐらいのカーナビが付いており、その不格好さといったらなかったです。

地図は当然更新されていないので、海の上を走っていくわけです。

この現象はずいぶん長い間起こりました。

邂逅してから様々な課題があったにもかかわらず、今でもしっかり営業しているのはすごいなと思います。

関空の玄関口、りんくうゲートタワービルは、本来は二つ作るはずだったらしいです。(両側)

しかしバブルはじけちゃったのでお金なくて片方しか作らなかった、なんて話を父親から聞きました。


東京ディズニーシーが開園して、少し経ったときに行ったのを覚えています。

結局片手で数えるほどしかシーにもいっていないんですが、やはりなかなか不思議でかといってわくわく?ではないような気もしています。

ビールが飲めるのは画期的です。


こんなに非日常だからか、たまには行きたいなと思います。珍しいことです。


僕の夢

夢なんてないと思っていた。 今日は4月16日で年末まであと259日。 生きているとたくさんのことがあるので、別に一つ一つを手にとってふむふむと鑑賞するkとおはあまりしてこなかった。 どこかの記事でも書いたけれども、多分僕は間が悪いし、言葉遣いも下手くそ。 間が悪い一例を上げると、...